バングラデシュの全てを徹底調査!!




バングラデシュのイメージは・・・?

日本人からは馴染みの薄いバングラデシュ人民共和国ですが、
日本人からしたバングラデシュのイメージは何でしょう?ローラ?カレー?国旗が似ている?
まだまだ知られていないバングラデシュを徹底解剖しちゃいます。これであなたもバングラ通になれちゃうかも・・・(*^-^*)


バングラの女性

バングラデシュ人民共和国

面積14万7千平方キロメートルに人口1億6千万人の経済発展途上国!
北海道の約1.7倍の面積に日本の人口の1.3倍程の人々が生活している世界的にも人口密集国!

バングラデシュ基礎情報

国名:バングラデシュ人民共和国(People`s Requblic Of Bangladesh)
【ベンガル人の国】の意味

国旗:緑に赤い丸の、日本の国旗に似ている。バングラデシュの国旗は丸の位置がやや中央より左寄りとなっている。緑が自然豊かな大地を表現しており、赤は昇る太陽を表している。

面積:14万7570平方キロメートル

人口:1億6千万人弱

首都:ダッカ(Dhaka)

国歌:「我が王国のベンガルよ(Amar Sonar Bangla)」
ノーベル文学賞を受賞したロビンドロナト・タゴール作詞・作曲

通貨:タカ(Taka)1タカ=約1.3円。(2018年4月)
紙幣にはムジブル・ラーマンが描かれている。

言語:ベンガル語

民族:ベンガル人が98%、ミャンマー・インド国境には少数民族が居住

バングラデシュ独立を最初に承認した国が、日本です。
バングラデシュが独立をした際に世界に先駆けて1番に承認したのが日本であり、バングラデシュへの最大支援国の一つとされているのも日本です。

 

政治

首相:シェイク・ハシナ首相(H.E.Sheikh Hashina)
行政の長。大統領により過半数の国会議員の支持が得られるとみられる国会議員が任命される。閣僚も首相の指名に従って大統領が任命する。

元首:モハンマド・アブドゥル・ハミド大統領(H.E.Mr.MD.Abudul Hamid)
首相や最高裁長官の任命権を持つが、すべての任務を首相の助言に従う事が義務付けられている。国会議員より選出され5年任期。

政体:共和制

議会:一院制(350議席、内女性議員が50名)
5年任期で、選挙権は18歳以上。被選挙権は25歳以上。

政治情勢
アワミ・リーグ(アワミ連盟)
現在の与党でありムジブル・ラーマンなどによって設立。バングラデシュで最も歴史のある政党である。文化人などからの人気が高く政教分離、自由市場経済を掲げた左派中道政党。また親インド的ともされている。

BNP(バングラデシュ民族主義党)
右派中道政党。親アメリカ・親パキスタン的とされている。都市部中間層の支持率が高く、カレダ・ジアが継承している。

 

バングラデシュ人口

Bangladeshtrain

バングラデシュ政府発表、人口はおよそ1億6千万人弱

1970年代には6500万人程だった人口が毎年増え続け2018年統計では1億6千万人。バングラデシュ経済の発展に伴って人口の増加が毎年右肩上がりとなっている。世界各国からの支援や投資家たちのバングラデシュへの注目度から、これからも人口増加が予想されている!都市国家を除く人口密度が高い国では人口世界7位との発表もされています。

人口密度は1㎢あたり約1000人で、世界第一位。25歳以下の人口が約50%で国民の平均年齢が約24歳と若者が多い国である。

 

バングラデシュの経済発展はアパレル産業

ダッカアパレル

ひと昔前までの日本では工場生産=『中国』

でしたが、中国の経済発展や人件費の高騰から中国での生産ではなく大手アパレルブランドなどが、より安く生産する為に選んだ国がバングラデシュでした。
なぜバングラデシュだったのか・・・?

まだ経済の発展途中でもあり、アジアで最も貧困と言われていたバングラデシュ。アジアでは人件費が最も安い水準であり、人件費は中国の4/1とまで言われていました。また、日本政府はバングラデシュにインフラ整備等に多額の支援金を出しており、バングラデシュの経済開発において最も重要な援助国となっている事もあり、バングラデシュ国内では親日派がとても多く日本企業からしたらとても扱いやすい人柄だった事もあります。

2018年の今現在では大手アパレル企業は勿論、個人での貿易等を運営している人でもバングラデシュへの進出がしやすくなったことも有り日本でもバングラデシュという国が馴染みのある国へと変わってきている。バングラデシュ生産へシフトチェンジした大手アパレル会社⇒『ユニクロ』『H&M』『ZARA』『GAP』『イオン』などが有名!

 

首都ダッカ

ダッカDhaka

 

バングラデシュの首都ダッカ(Dhaka)

バングラデシュの中央に位置している世界有数のメガシティ。
約1600万人が暮らしているバングラデシュで最も人口の多い都市であり2016年の人口推計では世界第16位とされている。

首都ダッカはバングラデシュの政治・文化・経済・商業施設なども多く、観光地としても有名でありバングラデシュを象徴としている都市である。よく見かける写真のような人口があふれかえっているのがここ首都ダッカ!!

ダッカではリキシャやCNGなどの交通手段が多く存在している。また日本との時間差は3時間で、日本の方が3時間早く進んでいる。気温は日本よりも暑い日が多く熱帯気候である。年中暖かい気候とあって東京の平均気温と比べるとかなり暖かい。バングラデシュの通貨は『タカ』(BDT)

また、首都ダッカを走る自動車の95%は日本製。日本と同じ左側通行である。また自動車以外にも日本製の家電や化粧品なども人気が高く、首都ダッカではMADE IN JAPANを多く目にする。

リキシャ

ダッカリキシャ

リキシャは自転車を3輪車に改造し、後ろに座席を設置し客を乗せる交通手段。バングラデシュ以外のアジアでよく見かけるリキシャ。しかし、ダッカにはリキシャが多すぎる位に存在します。

CNG

ダッカCNG

インドではオートリキシャですが、なぜだかダッカでは『CNG』意味は(Composed Natural GAS)圧力天然ガスを燃料として使っているので、その略で『CNG』ダッカではリキシャやCNG以外にもタクシーやバスもありますので交通手段で困る事は無いです。Uberもかなり最近使われています!

 

バングラデシュは8つの管区に分けられている

 

▼ダッカ管区
バングラデシュの中心に位置するダッカ管区。高層ビルや商業施設などバングラデシュを象徴する管区となっており、首都ダッカを中心として人口の多さでは管区で1番多い。

▼クルナ管区
独立前の東パキスタンだった時代にジュート生産の中心地として工業が発展し、現在に引き継がれている。南部にはシュンドルボンと呼ばれる世界遺産で世界最大級のマングローブ地帯がありベンガルトラなど希少動物などが生息している。バングラデシュ観光で人気のスポットとなっている。

▼チッタゴン管区
バングラデシュ南東部の管区。8つの管区の中では1番面積が広く、国内最大の海港があり外国との窓口となっている。また労働人口が多い為、工業都市にもなっている。

▼ラジシャヒ管区
ガンジス川やブラマプトラ川が運んだ豊かな土壌で栽培されるマンゴーやライチなどの果物が有名である。また、桑の栽培適地でもありシルク製品も名産の一つとなっています。世界文化遺産のパハルプールの仏教寺院遺跡郡があるのもここラジシャヒ管区。

▼バルサル管区
~1993年にクルナ管区から分離したバルサル管区。海岸部はインド洋に面しており、人口は8つの管区の中で1番少ない。以前はバクラガニ地区という呼び名でもあった。

▼シレット管区
~1998年にチャタゴン管区から分離したシレット管区。シレット管区はバングラデシュ随一の茶の産地であり土地に高低差があり石材の生産や落差の大きな滝などバングラデシュ国内では珍しい風景の広がる管区となっている。

▼ロンプール管区
2010年にラジシャヒ管区から分離したロンプール管区。北にインド、南東にダッカ管区、南にラジシャヒ管区に面している。首府はロンプール。

▼マイメンシン管区
2015年にダッカ管区から分離した最も新しい管区である。8つの管区の中では1番面積が小さい。

バングラデシュ独立時には管区は4つであったが人口の増加に伴い管区の新設が行われている。また新たな管区の新設も計画されている。それぞれの中心となる都市の名前が管区に付けられています!

 

バングラデシュ人(ベンガル人)

バングラデシュ人

バングラデシュはベンガル人が大部分を占めている(約98%がベンガル人)

バングラデシュの公用語はベンガル語!
ベンガル語でバングラが(ベンガル人デシュが()合わせてバングラデシュベンガル人の国)という意味になる。イギリスの植民地だった事によりほとんどの人が英語も話せる。英語も様々な分野や機関で使われており事実上の公用語となっている。年配の方々は支配されていた影響でイギリスをあまり良く思っていない方も若干存在する。

隣国がインドという事でヒンドゥー語も理解できる人が多い。バングラデシュ国内ではインドのテレビや映画などをよく見ている家庭が多く、子供の内からテレビの音声でヒンドゥー語を覚えている人も多い。バングラデシュ人の公用語であるベンガル語と日本語には全く同じ言葉で、同じ発音の言葉も多くバングラデシュ人は日本語を覚えやすいとも言われている。

 

美人が多いバングラデシュ

バングラデシュ美女

日本ではあまり知られていませんが、バングラデシュ人はお肌がキレイと有名な国です。皆さんご存知のローラさんもバングラデシュと日本のハーフです。スタイルが良く、肌は綺麗で、整った目鼻のバングラデシュ女性はアジアでも美人が多いと有名です。

 

バングラデシュ人の宗教割合

イスラム教・・・90%
ヒンドゥー教・・・9%
その他・・・1%

バングラデシュでの教育

小学校5年・中学校5年・高校2年、5-5-2制となっている。

義務教育は小学校の5年間のみだが近年では識字率が上昇しており、大学や外国に留学に行く人が増えている。国外に視野を広げ国際的な活動をしている人が増えこれからのバングラデシュに注目が広がって来ている。

また、隣国がインドという事でITへの関心も高く、世界の色々な国でのIT関連のビジネスを行っているバングラデシュ人を多く見かけるようになってきている。インドのIT関連会社はバングラデシュ人を多く採用してきている傾向がある。

 

バングラデシュで人気のスポーツ

バングラデシュではクリケットが1番の人気スポーツ。イギリス発祥の野球の原形と言われているスポーツで競技人口は世界第三位!お隣国のインドもクリケットが1番人気のスポーツとなっている。

 

バングラデシュ世界遺産

 

●バゲルハットのモスク都市(1985年-文化遺産)
バゲルハットのモスク都市

建造物が18㎢点在し、遺跡の内部にはモスクや霊廟など約50の建造物があり、その大部分が15世紀前半にやって来たトルコ系の武将ハーン・ジャハーン・アリーとその従者によって建築された。そのうちサイト・グンバド・モスク(ベンガル語で60のドームを持つモスク)はバングラデシュ最大の規模を誇る。その名の通り屋根には60のドームが並んでいる。

 

●パハルプールの仏教寺院遺跡群(1985年-文化遺産)
パハルプール

パーラ王朝2代目のダマルパーラ王が8世紀末に創建した仏教寺院である。バングラデシュはイスラム教国であるが、パーラ王朝の支配を受け、その時代に仏教が大いに栄えた。これと共にこの地域には多数の仏教寺院が建設され、その最大級の物がパハルプールである。ベンガル語でパハルは(山)プールは(中核)の意味である。一辺330mの敷地内に72の台座・仏舎利塔・177の僧院・中座が存在し1000人もの僧を収容する事ができる仏教寺院であった。壁には約2800枚程に及ぶ粘土を素焼きにした塑像がはめ込まれている。その中には仏陀やヒンドゥー教の神々や動物・人間などが描かれている。

 

●シュンドルボン(1997年-自然遺産)
バングラシュンドルボン

インドの西ベンガル州とバングラデシュ・クルナ管区南部にまたがるマングローブの群生地帯である。シュンドルボンはベンガル語で(美しい森)を意味している。バングラデシュ側とインド側に分かれており両側ともに世界遺産登録されている。多数の動物や生物が生息しており、自然の聖地とされています。絶滅危惧種のベンガルトラや他では見れない動植物を見る事が出来る大自然のオアシスです。

 

バングラデシュの歴史

バングラ国旗

1947年までイギリスの植民地だったバングラデシュ。正確にはインド・パキスタン・バングラデシュがイギリスの植民地であったがイギリスが去った際に宗教を基にヒンドゥー教とイスラム教に分けられ、ヒンドゥー教地域はインド、イスラム教地域はパキスタンに分割された。しかし、イスラム教地域はインドを挟んで東西に存在した為、西パキスタン東パキスタンとなった。この時の西パキスタンが(現パキスタン)東パキスタンが(現バングラデシュ)となっている。インドを挟んで2つの東西パキスタンが存在したが1つのパキスタンとし、独立となった。西パキスタンではウルドゥー語東パキスタンではベンガル語が公用語であった。

東西で1つのパキスタンであったが、首都は西パキスタン政治的主導権も西パキスタン、ウルドゥー語を公用語にするなどの西側パキスタンに偏った政治的考えなどから東西で対立となり東西独立の内乱が始まる。その中で1952年2月21日、西パキスタンのウルドゥー語を東西パキスタンの公用語にするといった主張に対して、ベンガル語を守る為に抗議活動を行っていた東パキスタンの学生や活動家と西パキスタン軍で武力衝突が起こり、多数の死傷者を出した事により東パキスタン(現バングラデシュ)では2月21日はベンガル語を守る国語化運動記念日・国際母国デー(祝日)となっている。

1966年、東パキスタンムジブル・ラーマン(シェイク・ムジブル・ラフマン)率いる《アワミ連盟》が東パキスタン地域の自治権を主張。その事に脅威を感じたパキスタン中央政府は、ムジブル・ラーマンを「インドと結託した反国家分子」として逮捕されるが、この事によって東パキスタンでは大規模なストライキなどが活発化となった。

1970-1971年、東パキスタンでは反政府運動や独立運動の動きが高まり、ムジブル・ラーマンの激を機に東西パキスタンの独立戦争が始まる(バングラデシュ独立戦争)
また、1971年の4月10日にムジブル・ラーマンは「バングラデシュ人民共和国」として独立を正式に宣言。ムジブル・ラーマンが初代首相となる。

しかし1971年5月、パキスタン軍がバングラデシュ全土を制圧。東パキスタン内の反独立派のイスラム過激派組織がベンガル人の大量虐殺を行い、それを逃れる為に大勢の東パキスタン人が隣国インドに亡命した事から、パキスタンと対立していたインド政府が1971年12月に介入し第三次印パ戦争となる。インド軍は東パキスタンのバングラデシュ独立を支持していた事も有り、第三次印パ戦争がインド軍勝利で終わった事により、東パキスタン(バングラデシュ)の独立が確定した。

バングラデシュ独立後はムジブル・ラーマンが初代大統領となるが1975年にクーデターが起こり、ムジブル・ラーマンと家族がダッカで殺害された。その後、軍人大統領ジアウル・ラーマンによる独裁政治となるが、軍の内部反乱によりジアウル・ラーマンも殺害されてしまう。その後も学生運動などによる民主化の波に押されて1990年に軍人独裁政治が終止符をうっている。

1991年民主化後、初の総選挙でカレダ・ジア(ジアウル・ラーマンの妻)が首相に就任する。

1996年の総選挙ではシェイク・ハシナ・ワゼド(ムジブル・ラーマンの長女)が首相に就任。シェイク・ハシナ・ワゼドは1975年にクーデターによって父と家族が殺害されましたが彼女はイギリスにいて生き残ります。以後インドで亡命生活を送るが1981年にバングラデシュに帰国。

その後は総選挙の延期などもあったが、カレダ・ジアとシェイク・ハシナ・ワゼドの2人が交互に政権をとっている。

2014年5月にはシェイク・ハシナ・ワゼドが政権をとっていた時期にバングラデシュ首相として日本に来日しています。その際、バングラデシュの国旗について「父は日本の日の丸を参考にした」と発言している。バングラデシュと日本の国旗が似ている事については様々な説がある。

 

バングラデシュの祝日

バングラデシュの祝日
2月21日 国際母国デー・ベンガル語記念日
3月17日 ムジブル・ラーマン生誕日
3月26日 独立記念日
4月14日 ベンガル暦新年
4月29日 仏誕祭
5月1日 メーデー(労働祭)
5月2日 シャベバラット
6月12日 シャベカダール
6月15日 ジャマトゥルビダ
6月16~17日 断食明け大祭
8月15日 国家大葬祭
8月21~23日 犠牲祭
9月2日 ジャンマシュトミ
9月21日 アシュラ
10月19日 ドゥルガプジャ
11月21日 預言者生誕祭
12月16日 戦勝記念日
12月25日 クリスマス

 

バングラデシュの食文化

カレーバングラデシュ

バングラデシュ人の主食は『米』です。

ご飯もしくはルティとカレー味のおかずが一般的な組み合わせとなっている。

勿論カレー料理も種類が豊富で日本のようなドロっとしたカレーではなく、サラサラとしたカレーが主流となっている。日本と比べると辛いカレー。バングラデシュ国内ではどこへ行ってもカレーの香ばしい匂いが漂っている。本場のカレーとだけあって、何種類ものスパイスを組み合わせて作るカレーは絶品そのもの!日本人の舌にもバングラデシュのカレーは相性が良く、日本人の観光客からもかなり人気がある。宗教上豚肉を食べないので白身魚を使ったカレーが主流としている家庭やお店が多い。

その他には肉類(イスラム教は豚肉を食べません。アルコールも飲みません)牛肉・ヤギ肉・鶏肉・魚介類・豆類・野菜・果物も種類が豊富で、バングラデシュは食の宝庫である!食好きの人はバングラデシュの食文化を是非体験してほしい!またバングラデシュでは手でそのまま食べます。(お店などにもよりますが)日本人には馴染みのない食べ方なので最初は抵抗がありますが、バングラデシュ現地の人の話だとスプーンで食べるよりも、手で食べたほうが絶対に美味しいとの事。

バングラデシュの飲み物はチャー(紅茶)が国民飲料となっている。とても甘いミルクティーのような味。また、バングラデシュ人は甘い物を好いている為、甘いお菓子なども人気がある。日本の和菓子もバングラデシュ国内では人気があります。

 

バングラデシュ経済

money画像

【バングラデシュの主要産業】衣料品・縫製品産業・農業

【実質GDP】1.678億ドル(2016年)

【1人当たりのGDP】1.538ドル

【経済成長率】7.24%(2017年)

【GDP内訳】サービス業53.1%・工業建設業31.5%・農林水産業15.4%(2016年)

【総貿易額】輸出369億ドル・輸入472億ドル

バングラデシュ経済成長は「輸出」「海外労働者送金」「農業セクター」の3本柱となっている。

日本との貿易関係

バングラデシュの対日輸出品は、衣料品が主に輸出されている。全体の約70%が衣料品・10%が靴や履物・5%が皮革製品・機械などの部品が5%・その他10%となっている。

対日輸入では、船舶が約30%・鉄鋼製品が25%、輸送機器などの部品が18%などとなっている。

マイクロ・クレジット(Microcredit)
バングラデシュのグラミン銀行が起源とされている少額融資システム。貧窮のどん底にある主に女性が個人事業に従事し、収入を得て貧困を脱する事を可能にさせ2006年にはノーベル平和賞を受けいるシステム。バングラデシュのような発展途上国に限らず先進国にもこのシステムが増えてきている。

 

まとめ

バングラデシュ人民共和国は独立して間もない発展途上国です。

日本から見たバングラデシュとバングラデシュから見た日本では今現在大きく差があると感じます。物価の違いや歴史、文化の違いも大きく異なっています。日本では馴染みの少ないバングラデシュですが、ごく最近の出来事に『バングラデシュ首都ダッカ襲撃テロ事件』が日本人の記憶に新しいと思います。

日本人が犠牲となってしまい日本メディアでも大きく報道され連日メディアやネットでバングラデシュが叩かれていました。

しかし、このような事件はごく一部の人間であり、バングラデシュ国民の多くはテロ行為をする人種と大きく異なり、バングラデシュ人は日本人を尊敬し尊重している方が多いのが現状です。

親日国家としても有名なバングラデシュ人民共和国です!
バングラデシュ国の経済発展や、日本との関係性など両国が良い方向へ向かって行く事を願っております!








 

★よく読まれている記事★

外国人技能実習制度ジャバチ画像▼人手不足でお困りの企業様!技能実習制度を利用して外国人の雇用を検討してみませんか?

今出している求人広告費用で確実に人材確保が可能です。毎月広告に無駄な費用を払い続ける事は、もうやめましょう。

■その他オススメの記事■
●新たな外国人技能実習制度について
●実習生の受け入れが可能な職業一覧